ちょっとした思い出話をします。
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高校の頃、俺は、近所のマンションの屋上でボーっとすることを唯一の息抜きとしていました。
何とか高校には入ったもののつまらなくて仕方なく、かといって学外にも特に楽しみもなかったんです。
そんな俺にとっては、その屋上は現実逃避にはもってこいの場所だったんです。
きっかけはたまたまでした。ある日学校をさぼってぶらぶらしていた時に、ちょっと見晴らしのいい景色が拝みたくなったんです。
今でこそかなりビルが立っていますが、当時はそのマンションが唯一の高層建築でした。
非常階段を一番上まで昇って行ったところ、予想通り見晴らしはよかったんですが、その時ふと屋上への扉をダメ元で回してみたら、カギが壊れてたんですよ。
屋上に出てみると、見晴らしはもっとよくて、すごく気分がよかったんですね。
以来、その屋上は学校をサボる日の定番スポットになったんです。
屋上でボーっとしているときに考えるのは、主にある同級生のことでした。というか、その同級生のことがほとんどでしたね。
その同級生は有紀ちゃんといい、クラスの委員長をしていました。
立場的なものもあったのか、俺にもたまに話しかけてくることがあったんです。
優等生な上に屈託のない明るい子で、当時の俺はひそかに憧れていました。
ですので、話しかけてくれた時には積極的にしゃべるようにしていたんです。
マンションの屋上でぼーっとしていると、そんな有紀ちゃんとの会話がまず思い出され、そして妄想へと発展していくのが常でした。
今考えると意味はまったくないのですが、それでも当時の俺には、はっきり楽しいといえる数少ない時間だったんです。
とはいえ、そんな調子ですから、実際には関係が発展するわけもありません。
グレてこそいなかったものの、出席状況すら微妙な俺と、優等生の彼女とでは、接点がそもそも少なすぎたんです。
当然、卒業してからは会う機会はありませんでした。
そんな彼女と偶然再会したのが、1年半ほど前のことです。
卒業から、既に5年がたっていました。
うちの地元は大掛かりな花火大会が有名です。
その日に合わせて、最近では珍しいんでしょうけど市内のあちこちで盆踊りがあるんです。
その日、俺は外回りの仕事から家の近所まで帰ってきたところでした。
ふと目の前の公園に目をやると、今まさに盆踊りが始まろうとしているところでした。
しばらく仕事漬けだった俺には、その雰囲気は新鮮でした。たまには、寄ってみるか。気まぐれにそう思ったんです。
踊る趣味はないんですが、あれは賑やかなムードだけでも楽しいじゃないですか。
会場に入ってみると、地域だけの盆踊りとはいえ、結構にぎわっていました。
規模は小さいですが、何軒か露店もでていて、かなりしっかりしたお祭りムードです。
とりあえずアイスでも食うかと踵を返したときに、見覚えのある女の子をみつけたんですよ。
もちろん年相応になっていましたが、顔のつくりがハッキリ記憶のままでした。
有紀ちゃんでした。
ただ、とっさには声をかけられませんでした。
彼女の実家はここからかなり遠くだったはずですから、他人の空似の可能性の方が大きいです。
仮に本人だとしても、あんまり久しぶりすぎましたし、元々大した付き合いもなかった子ですから相手が覚えているかどうかさえ微妙。
声をかけていいものか迷ったんです。
固まっていると、有紀ちゃんがふとこちらに顔を向けました。
そして、アレ?というような表情をしています。
おや、あの反応は…見込みはあるか?
なるようになれというような気分で俺は手を上げて、「あれ、もしかして有紀ちゃん?」と声をかけました。
最悪、とにかく挨拶だけでも交わせれば上々です。
「え、そうですけど…あ、久しぶりー!」
思ったよりも好反応でした。
どうやらそこそこ彼女の記憶に残るだけの印象は与えていたようです。
話を聞いてみると、この辺りに彼女の親戚の家があり、今日はそこに遊びに来たとのこと。
偶然ってすごいなあと、つくづく思ったものです。
久しぶりにあったのですが、不思議と違和感はありませんでした。
話は思いのほか転がり、俺はアイスを買うのもすっかり忘れていました。
彼女も、結構楽しそうです。
「今日は一人?」
「うん、一緒に来るような彼氏もいないしね。」
「あ、そうなんだ、いかにもいそうじゃん」
「またまたー。おだてても何も出ないよ?」
「いやいや、あ、アイスでも食う?おごるよ」
「じゃあ、いただこうかな、お言葉に甘えて」
アイスを買いに行こうとしたとき、遠くでドーンという音がなりました。
花火大会が始まったんです。
「あ、花火…でも、ここからじゃみえないね」
「そうだな、ちょうど陰になっちゃってる」
「残念だな…見えないとはちょっと考えてなかったなぁ」
昔はこの辺りからでも見えたのですが、今は最近にわかに建った複数のビルが、ちょうど花火が上がっている方向をさえぎってしまっています。
そう高いビル群ではないですが、回り込まないと花火を見るのは難しいでしょう。
そのとき、ふと思い出したのが、俺が高校時代に息抜きに使っていたマンションのことでした。
あの高さからなら、下手に地上で回り込もうとするよりももっときれいに花火が見える。
立地的にも、ちょうどさえぎる建物がない位置です。
屋上のドアはさすがに修理されてると思うけれど、それでも踊り場まで行ければ充分見えるはず。
それに、そのマンションはここから10分も歩けば着きます。
ただ、彼女がついてくるか。
大して付き合いも深くない男がいきなりそんな場所に誘ったら、警戒されて当然です。
けど、俺は敢えて誘ってみることにしました。
「あのさ、よかったらなんだけど、多分花火がきれいに見える場所があるんだけど」
「え、この近くに?」
「ああ、どう?」
「うん!教えて!」
彼女は嬉しそうでした。
アイスを買って、マンションに向かって歩き出しました。
あまりのんびりしているわけにもいきません。ゆっくりしていると花火が終わってしまうし、手に提げたアイスを踊り場で一緒に食べようと思っていましたから。
途中のコンビニで軽くつまみとビールも買い、マンションの前までくると、彼女はさすがに「へ?」と言いました。
「ここ?なんか普通のマンションみたいだけど…」
「ああ、普通のマンション。ただ、ちょっといい場所があるんだ」
「入って大丈夫なのかな…」
「ん、大丈夫だとおもう。管理人いないしね」
実際のところ、厳密に言えば全然大丈夫じゃありません。
入口には思いっきり部外者立ち入り禁止の張り紙。
確かに管理人の常駐していない、監視面ではザルもいいところのマンションですが、住人が苦情を出せばさすがに飛んでくるでしょう。
それに、監視カメラはキッチリと回っています。
ただ、各階のロビーとエレベーターの中だけで、さすがに非常階段には付けてなかった、はずです。少なくとも昔来ていたころは。
ただ、彼女はやっぱり不安そうでした。
なので、ネタ晴らしをしておくことにしました。
「実はここの非常階段なんだよ、その場所って」
「あ、そうなの?よく見つけたね」
「昔結構来ててさ、見晴らしがいいんだよ」
「そっかー」
「どうする?どうしても不安ならやめとくけど」
でも、彼女は少し迷った後、
「ん、でも非常階段だったら迷惑かからないだろうし…行きましょ」
「うい、いきますか」
エレベーターで最上階まで上がりました。住民と鉢合わせしたらまずかったんですが、幸いそれはありませんでした。
非常口から非常階段にでて、屋上方面に上ると、丁度打ちあがった赤い花火が視界に入ってきました。
「うわあ…綺麗。こんなによく見えるんだ…」
予想通り、踊り場からでも花火の鑑賞には十分すぎるほどでした。
遠景なのは仕方ありませんが、この付近から見る前提でいえば、これ以上見やすい場所もないでしょう。
そのまま、階段の一番上まで上がります。
屋上への扉は、予想通り修理されて開きませんでしたが、扉の下にはコンクリートの段がつけてあり、花火鑑賞の座席としてはおあつらえ向きです。
「ちょっとせまいけどね」
「全然。こんな場所あったんだねー」
二人で並んで座ってアイスを開けました。
少し溶けはじめていましたが、チューブ型のアイスですからまだ十分に食べられます。
「あ、垂れちゃう」
彼女は、空けた瞬間に溶けた分が吹き出してしまったようで、浴衣に垂れないよう、舌を出してペロリとチューブの口の当たりを舐め取ってから食べ始めました。
とがった舌先は、高校の頃の印象とは違った艶めかしいイメージで、俺はそのギャップでかなりドキドキしていました。
遠くで打ちあがる花火は、ありがちな感想ですが、かなりきれいなものでした。
地元の花火は結構規模も大きく、結構な本数を打ち上げると聞いています。
まだ15分くらいしかたっていませんから、まだしばらくは楽しめるでしょう。
二人でチューブ型のアイスを味わいながら花火を見るというのは、俺もはじめてでした。なんとも幸せな気分です。
彼女の浴衣姿が、暗い非常階段にいるにも関わらず、とても鮮やかに目に映りました。
「ああ、なんかいいな、こういうの」
自然と声になっていました。
彼女が返してきます。
「うん…本当に綺麗。ありがとね、教えてくれて…」
大げさでなく、目がキラキラしていました。
彼女は花火が本当に好きなようです。
その後は、二人とも無言で花火を見ていました。
実際のところ、俺は話しかけたかったのですが、彼女があんまり夢中になってみていたので、声をかけそびれたというのが本音です。
アイスを食べ終わったら続けてビールとおつまみも、と思って買ってきたのですが、彼女はアイスを食べ終わった後はじっと花火を見つめ続けていたので、俺もまあいいかと思って花火鑑賞に集中しました。
しばらくあと、最後にカラフルで派手なのを連発で打ち上げて、花火大会は終わりました。一気に、あたりに静けさが戻ってきました。
「…ああー、凄かったぁ…ホントありがとう!」
「どういたしまして」
こんなに楽しんでくれるとは思いませんでした。
ここまで喜んでくれると、こちらも誘った甲斐があったというものです。
「あ、そうだ、ビール…ぬるくなっちゃったね」
「いいよ、家に帰って冷やせばいいし」
実際、俺はこれでお開きのつもりでした。
とりあえず連絡先を聞いておけば、また遊べることもあるでしょう。
それだけに、彼女の返事は予想外でした。
「あ、でもせっかくだし、いただくよ」
「へ?でもぬるいよ」
「ぬるくてもお酒はお酒でしょ。それに、ちょっと飲みたいし」
…そんなにお酒好きだったんだ、この娘。
それならアイスじゃなくて先に渡せばよかったかな、とおもいつつ、俺はすっかり冷たさの失せたビール缶を彼女に手渡し、つまみの封を切りました。
「んじゃ乾杯」
「うん、乾杯!」
それにしても、今日は予想外つづきだったな、まさか有紀ちゃんと再会したうえに、マンションの踊り場で飲むことになるとは…素でそう思いながら、ビールを煽ります。
ぬるいビールでしたが、それでもこの状況下で飲むと結構新鮮で悪くありませんでした。
ぷはー、と一口目を飲み込んで彼女を見ると、かなり勢いよく煽ったようです。
顔がうっすら紅潮しています。
「あれ、大丈夫?」
「大丈夫…ちょっとさっきの花火で興奮しすぎてるね、あたし」
彼女にとっても新鮮だったようで、その反応は俺も嬉しかったです。
「そんなに興奮してくれると、誘った甲斐あったよ」
「うん、ありがと。それに…花火以外でもね」
「え?」
急に彼女が、俺に寄りかかってきました。
香水の匂いが、急激に鼻に流れ込んできました。
「ど、どうした、どういう…」
これでも卒業後はそれなりに女性との経験はありましたから、女慣れしていないわけではありません。
ですが、これはさすがに予想外で、俺は完全に焦っていました。我ながら呂律が回っていません。
彼女は何気ない感じで、口を開きました。
「うん…こういうの、ちょっと憧れてたんだよね」
「へ?」
「なんかさ、…なんかドキドキするじゃない、こういうの」
「ああ…」
「…ちょっと愚痴言っていい?」
「いいけど」
「この間さ、別れたばっかりなのよ」
「…」
「でさ、付き合いはそこそこ続いてたんだけど、…なんなのかなぁ、最初から最後までただHするだけでおわっちゃったっていうか」
「はぁ…」
「こういう感じでなんていうのかなぁ、うまく言えないけど…とにかく今みたいなことって全然なかったのよ」
「あー、なるほど…」
何となく合点が行きました。
前の彼氏がどういう男だったかは知りませんが、こういうシチュエーションはまったくなかったようで、ただやりまくるばかりだったんでしょう。
「だから、今すごくいい気分なの」
「そりゃ何より」
実際問題として、それ以上俺はセリフを吐く余裕はありませんでした。
何しろ、彼女が寄りかかってきて以降、完全にペニスが勃起しているのです。
もう痛いくらいです。なんとかごまかしとおすことを考えていましたが、彼女もさすがに気づいているでしょう。何しろこの距離です。
「…あのさ」
「何?」
「もしかして…興奮してる?」
「ばれた?できればごまかしたかったんだけど」
「…」
「…」
うわー、軽蔑されたか。そう思っただけに、次の彼女のセリフはまったく予想外でした。
「あの、その、もし今相手いないようだったら…しない?」
「へ?」
「…Hなこと、あたしとしない…?」
彼女はもう真っ赤でした。明らかに、お酒のせいだけではありません。
それに、手がぶるぶる震えていました。それなりに思うところはあるんでしょう。
完全に虚をつかれましたが、俺はとりあえず最低限必要なことだけ言いました。
「…いいの?」
「うん」
これが精一杯でした。第一、もし俺の口が回ったとしても、下手な理由を聞くのはかえって無粋でしょう。そう考えると、口が回らなかったのが幸いしたとも言えます。
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